長文を読みこなすには「胆力」が必要
最近、目が疲れているのを感じます。
酷使している自覚はありますが、止められない理由もいくつかあります。
そのひとつが、ドラマ。
ネットフリックスを導入してから、ドラマが見放題に。
さらに、見逃し配信が見られるティーバーをテレビで使えることにも最近気づき、地上波ドラマに加えてますます視聴時間が増えています。
実は私は大のドラマ好き。
地上波ドラマはとりあえず第1話をチェックし、ハマれば最後まで観ます。
ネトフリなども加わると「これ、時間の浪費かも…」と思いつつも、つい見てしまうのです。
ドラマも、私の人生には必要
そんな中で、私が30年続けているのが新聞の音読です。
これは私のメソッドの要であり、代名詞ともいえる存在。
さらに、週に一度は本を購入するというルールも守っているので、
「読む」「見る」ものが多すぎて時間が足りない!と思うこともしばしば。
でも思うのです。
何もニュースだけが思考を豊かにするわけではないと。
ドラマもまた、私の人生には必要不可欠なもの。
感情を揺さぶられるストーリーや人間模様が、私の考え方や感性を育ててくれるからです。
ドラマの後に長文を読むには
ただ、ドラマを見た後に長文を読むには「胆力」が必要です。
集中力を取り戻し、言葉の世界に没頭するには、地道な努力が欠かせません。
でも、この習慣が私の中でことばを育て、磨いていると信じています。
新聞を音読し、本を読み、ドラマも楽しむ。
これらすべてが、私の「ことば」の糧になっています。
疲れを感じながらも、このペースを保つことが、私自身を支える力になっているのです。
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